資金調達
カード選び

月末の支払日が近づいていました。
仕入先への支払い、従業員の給料、借入金の返済。いつもなら、何とか銀行の追加融資でつないできた資金繰りです。
しかし、その月は違いました。メインバンクから、追加融資を断られたのです。
税金や社会保険料の支払いを先送りしても、まだ足りない。借入金の返済を止めても、まだ足りない。従業員の給料を遅らせることもできない。仕入先への支払いを止めれば、商品が入ってこなくなる。
社長の頭の中には、すでに「破産」の二文字が浮かんでいました。
ところが、その会社では、普通とは違うことが起きました。
社長の息子さんを中心に役員全員が集まり、自分たちでお金を借りて会社に貸すという判断をしたのです。
資金繰りが厳しくなると、会社の空気は悪くなります。社員は異変に気づき、有能な人ほど早く距離を置き始めます。しかし、この会社の役員たちは逃げませんでした。
会社を見捨てるのではなく、何とか持ちこたえる方法を探したのです。
この記事では、資金ショートが迫るなか、役員全員で資金を集めて倒産を回避した実話を紹介します。
なお、この記事は個人借入による資金調達を推奨するものではありません。あくまで、資金繰りの現場で実際に起きたひとつの事例として読んでください。個人や会社が特定されないよう、地域や社名などは伏せています。


業績が悪化して資金繰りが厳しくなると、会社の空気は少しずつ変わります。
事務所の中が重くなる。
会話が減る。
いつもなら笑って流せることにも、どこか刺々しさが出る。
経営者は、目の前の支払いで頭がいっぱいです。
今日いくら払うのか。
明日いくら入ってくるのか。
月末までに、あといくら足りないのか。
そんなことばかり考えているため、社内の空気の変化には気づきにくくなります。
でも、社員は違います。
経営者が思っている以上に、会社の異変を敏感に感じ取っています。
なかでも、仕事ができる社員ほど気づくのが早いです。
社長の表情。
経理担当者の様子。
取引先からの電話。
銀行担当者が来社した時の空気。
そうした小さな変化から、「この会社、もしかしたら危ないのではないか」と感じ取ります。
そして、表向きは普段どおり働きながら、水面下で次の職場を探し始めます。
会社を立て直さなければならない大事な時期に、戦力になる社員から辞めていく。
資金繰りが悪化した会社では、こうしたことが実際に起こります。
ただし、今回紹介する会社は違いました。
社員全員が一致団結したという話ではありません。
しかし、少なくとも役員たちは、会社から逃げようとはしませんでした。
むしろ、会社の資金繰りを止めないために、自分たちで何ができるかを考えたのです。


まず、この事例に出てくる会社と登場人物を簡単に整理しておきます。
この会社は、長年にわたり地域に密着して生鮮小売業を営んできました。
昔からの常連客も多く、地域ではそれなりに知られた会社でした。
しかし、状況は少しずつ変わっていきます。
大手企業が、同じ地域に集中的に出店してきたのです。
いわゆるドミナント戦略です。
大手は資金力があります。
広告も打てます。
人も集められます。
価格対応もできます。
一方で、地域密着の中小企業には限界があります。
とはいえ、この会社も、何もしていなかったわけではありません。
チラシを入れる。
イベントを行う。
品揃えを見直す。
価格を調整する。
できることは、かなりやっていました。
それでも、大手との体力差は大きく、売上は最盛期から30%以上落ち込んでいました。
売上が落ちる。
利益が減る。
手元資金が減る。
それでも、仕入れは必要です。
人件費も必要です。
借入返済も続きます。
毎月の資金繰りは、少しずつ苦しくなっていました。


そんなある日のことです。
社長は、いつものようにメインバンクへ追加の運転資金を相談しました。
仕入れの支払いがある。
月末までに資金が必要になる。
これまでも、同じような相談をしながら資金をつないできました。
社長の中には、今回も何とかなるという感覚があったのだと思います。
しかし、銀行から返ってきた答えは違いました。
「社長、これ以上の追加融資は厳しいです。担保があれば再度稟議にかけることもできますが、今の状態では厳しいです」
事実上の融資打ち切りでした。
社長は、強い怒りを感じました。
これまで、一度も返済を遅らせたことはありません。
銀行から頼まれたことにも、できる限り協力してきました。
銀行からお願いされたことに、社長は率先して応じてきました。それなのに、本当に資金が必要な時に銀行は助けてくれない。
社長が納得できなかったのも無理はありません。
ただ、銀行担当者に怒りをぶつけても、月末の支払いは消えないですし、支払日は待ってくれません。
問題は、あといくら足りないのか。
そして、何を止めれば資金ショートを回避できるのか。
社長は経理と一緒に、月末までの支払いを洗い出しました。


数字を確認していくと、かなり厳しい現実が見えてきました。
そこまでやっても、月末の資金ショートは避けられない状況でした。
資金繰りが厳しい時、最後に残るのは「何を払って、何を待ってもらうか」という判断です。
ただ、この会社の場合、待ってもらえる先がほとんどありませんでした。
従業員の給料を1か月待ってもらえれば、資金ショートは回避できるかもしれません。しかし、それは現実的ではありませんでした。
従業員の大半はパートさんです。しかも、近隣では競合の大手企業が積極的にパート募集をしていました。
もし給料の遅配をすれば、「出勤しない」「辞めて競合他社へ行く」そう言われてもおかしくありません。
仕入先に支払いのジャンプをお願いすることも考えました。しかし、仕入先は大手企業が中心です。決められた日に支払えなければ、取引停止になる可能性があります。そうなれば、今後の商品仕入れそのものが難しくなります。
銀行からの追加融資は無理。税金や社会保険料を止めても足りない。仕入先にも待ってもらえない。従業員の給料も遅らせられない。社長は高齢で、ノンバンクからの借入も難しい。
どこを見ても、道がありませんでした。
まさに八方ふさがりです。
社長は、うなだれるように言いました。「万策尽きたか……」


社長には、常務として会社で働いている息子さんがいました。
会社の現状を、息子さんにも伝えなければなりません。
言いたくない話です。
できれば、言わずに済ませたい話です。
それでも、もう隠せる段階ではありませんでした。
社長は意を決して、息子さんに言いました。
「恐らく破産するかもしれないから、覚悟しておいてほしい」
資金ショートが見えた瞬間に、頭の中が「破産」でいっぱいになる経営者は少なくありません。
支払えない。
もう終わりだ。
会社をたたむしかない。
そう考えてしまう気持ちはわかります。
この時の社長も、完全にその状態でした。
すでに気持ちは、会社をどう残すかではなく、どう終わらせるかに向かっていました。
しかし、息子さんの動きは違いました。
社長から話を聞いた息子さんは、すぐに役員全員を集めました。
息子さんが役員を集めてミーティングを始めた時、社長はその様子を少し離れた場所から見ていました。
社長の頭の中には、すでに破産の二文字が浮かんでいます。
今から売上を上げようと話し合っても、月末の支払いには間に合わない。
今さら会議をしても意味がない。
おそらく、社長はそう思っていたのだと思います。
そのため、ミーティングの内容を詳しく聞くこともなく、長年付き合いのある弁護士に相談するため、車で法律事務所へ向かいました。
破産の準備をするためです。
しかし、社長がいない場所で行われていたミーティングは、売上を上げようという話ではありませんでした。
精神論でもありません。
気合いの話でもありません。
役員たちが話し合っていたのは、もっと具体的なことでした。
会社を止めないために、今できることは何か。役員たちは、それを話し合っていたのです。


ミーティングの中心にいたのは、社長の息子さんでした。
役員の多くは、息子さんの地元の同級生です。
子どもの頃からの付き合いがあり、家族ぐるみの関係もありました。
ただの雇われ役員とは少し違います。
会社は、彼らにとっても身近な存在でした。
話し合いの中で、足りない金額が見えてきました。
社長個人の預貯金を出しても、なお足りない金額は約450万円。
大きい金額です。
しかし、何千万円という話ではありません。
今月だけ乗り切るために必要な金額です。
そこで、ひとつの案が出ました。
役員全員でお金を集めれば、何とかなるのではないか。
動ける役員は4人。
1人あたり100万円から120万円ほど用意できれば、450万円に届く。
消費者金融で借りられる人は借りる。
キャッシング枠のあるクレジットカードを持っている人は、足りない分をATMで借りる。
クレジットカードを持っていない人は、消費者金融を回る。
普通に考えれば、かなり無茶な話です。
それでも、役員たちは動くことを選びました。「とにかく、今日中に金を作る」そういう結論になりました。
そして、役員たちは駅前にある消費者金融の店舗が入ったビルへ向かいました。
同じ会社の人間が、同じ日に、3人も4人も消費者金融の窓口へ行く。
かなり不思議な光景です。
窓口の人も、内心では何かを感じたかもしれません。
それでも、役員たちは手続きを進めました。
審査を受ける。
借入可能額を確認する。
お金を引き出す。
足りない分を計算する。
また別の方法を探す。
結果として、消費者金融で約410万円を調達できました。
まだ40万円ほど足りません。
そこで、キャッシング機能の付いたクレジットカードを持っていた役員が、ATMで不足分を用意しました。
こうして、目標額である450万円が集まりました。
この450万円は、会社にとって単なる現金ではありません。
月末の支払いを止めないためのお金です。
仕入れを止めないためのお金です。
従業員の給料を遅らせないためのお金です。
そして、その時点で会社を倒産させないためのお金でした。


翌日、役員たちは社長に現金450万円を渡しました。
消費者金融で発行されたカードも一緒に渡しました。
そして、こう伝えました。
「会社の資金繰りに、このお金を使ってください」
「自分たちに金利はいりません」
「このカードに返済してもらえれば、それで大丈夫です」
社長は、少し前まで破産することしか考えていませんでした。
弁護士に相談し、会社を終わらせる準備をしようとしていました。
しかし、目の前に450万円の現金が置かれた瞬間、表情が変わりました。
ほんの少し前まで生気を失っていた顔に、明るさが戻っていきました。
「これで資金ショートしなくて済む」
「破産しなくて済む」
「本当にありがとう」
絶望からの復活でした。
ここで、感動的なやり取りが続くのかと思いました。
ところが、社長は違いました。
「取引先に振り込んでくるから、このお金を持っていくよ。ありがとう」
そう言うと、社長は現金を持って、すぐに銀行へ向かってしまいました。
私もその場にいましたが、正直に言うと、
「それはいくらなんでも素っ気なさ過ぎでは……」
と思いました。
とはいえ、社長の頭の中は、取引先への支払いでいっぱいだったのだと思います。
感謝がなかったわけではありません。
ただ、その瞬間は、とにかく資金ショートを止めることが最優先だったのです。


役員たちが450万円を工面したことで、この会社は月末の資金ショートを回避しました。結果として、その時点での倒産は避けられました。
このような形で資金を集めるケースは、かなり珍しいです。
代表者が会社にお金を貸すことはあります。中小企業では、社長個人が会社に資金を入れること自体は珍しくありません。
しかし、株主でもない役員が、個人で消費者金融やキャッシングを使ってまで会社にお金を貸すケースは、極めてレアです。
この会社の場合、役員全員が社長の息子さんの地元の同級生でした。子どもの頃から家族ぐるみの付き合いがあり、会社に対する思い入れも強かった。
だからこそ、「会社のために全員でお金を借りよう」という結論に至ったのだと思います。普通の会社であれば、まず起こりません。むしろ、資金繰りが厳しくなった段階で、役員や幹部が距離を置き始めることの方が多いです。
この会社には、役員全員で何としても持ちこたえるという一体感がありました。少し変な言い方になりますが、妙なグルーブ感のようなものがありました。
会社が潰れるかもしれない状況なのに、役員たちは諦めていなかったのです。何もしなければ、その月で終わっていたかもしれません。
でも、役員たちは動きました。
銀行が貸してくれないなら、他に何ができるのか。会社に残された現金はいくらあるのか。あといくら足りないのか。今月だけ乗り切れば、来月はどうなるのか。
そうやって、目の前の数字を確認し、行動に移したのです。
この会社のその後については、ここでは詳しく書きません。ただ、少なくともこの月の資金ショートは回避されました。そして、破産しかないと思われた局面で、会社は一度踏みとどまったのです。


今回の事例は、役員全員が個人で資金を集めて、月末の資金ショートを回避した特殊なケースです。
ただし、この記事で伝えたいのは「個人でお金を借りて会社に貸せばいい」という話ではありません。
この事例から学ぶべきことは、資金ショートが迫った時に、感覚ではなく数字で状況を確認し、最後まで選択肢を探すことです。
資金繰りが厳しくなると、「もう払えない」「会社をたたむしかない」と考えてしまう経営者は少なくありません。
しかし、その状態のままだと具体的な対策を考えることができません。
まず確認すべきことは、あといくら足りないのかです。
今回の事例では、月末までの支払いを洗い出し、止められる支払いを確認し、社長個人の預貯金も出したうえで、それでも約450万円足りないところまで数字を詰めました。
不足額が450万円と分かったからこそ、役員たちは「全員で何とかできるかもしれない」と判断できました。
資金ショートが迫っている時ほど、感覚で判断してはいけません。
いつ、いくら足りなくなるのか。
何を払えば会社が止まらないのか。
何を待ってもらえば資金ショートを回避できるのか。
まずは数字で確認することが重要です。
資金繰りの状況を数字で確認する方法については、関連記事「資金繰り表の作り方|会社のお金の流れを見える化する方法を解説」で詳しく解説しています。
社長は、銀行から追加融資を断られ、支払いを止めても資金が足りないと分かった時点で、ほとんど破産を覚悟していました。
資金ショートが見えると、頭の中が一気に「破産」になる経営者は少なくありません。
しかし、資金ショートと破産は同じではありません。
銀行返済を一時的に止められないか。
税金や社会保険料の納付相談ができないか。
支払いの優先順位を組み替えられないか。
売掛金の回収を早められないか。
短期的に使える資金調達手段はないか。
確認すべきことは残っています。
もちろん、破産や廃業を検討した方が良いケースもあります。
ただ、資金ショートが見えた瞬間に、何も確認せず「破産しかない」と決めつける必要はありません。
資金ショート時に確認すべき選択肢については、関連記事「資金ショートしたら破産しかない?まず確認すべき選択肢を解説」でも詳しく解説しています。
今回の事例で、社長は銀行の対応に強い怒りを感じていました。
これまで返済を遅らせたことはなく、銀行から頼まれたことにも協力してきたからです。
それなのに、本当に困った時に融資を断られた。
納得できない気持ちは分かります。
ただ、銀行は過去の付き合いだけで融資をするわけではありません。
今の業績、今後の返済可能性、担保や保証の状況、既存借入の残高、資金使途、今後の資金繰り見通しなどを見て判断します。
そのため、会社が本当に資金を必要としている時ほど、銀行融資が難しくなることがあります。
「困った時は銀行が貸してくれる」
この前提で資金繰りを組んでいると、判断が遅れます。
銀行融資は重要ですが、銀行融資だけに頼り切るのは危険です。
銀行融資を断られた後に確認すべき対応については、関連記事「銀行融資を断られたら一刻も早くやるべき6つのこと」で解説しています。
今回の会社は、役員たちが450万円を集めたことで月末の資金ショートを回避できました。
ただし、資金ショートを一度回避できたからといって、会社が再建できたわけではありません。
売上が落ちている。
利益が出にくい。
借入返済が重い。
毎月の資金繰りが苦しい。
この構造が変わらなければ、翌月以降も同じ問題が起こります。
資金ショートを回避することと、会社を立て直すことは別です。
目先の支払いを乗り切った後は、資金繰りの構造そのものを見直す必要があります。
資金繰りを改善する具体策については、関連記事「資金繰り改善の具体策7選|会社のお金を増やす実践方法を解説」で詳しく解説しています。
今回の事例では、役員たちが消費者金融やクレジットカードのキャッシングでお金を集めました。結果的に、そのお金で会社は倒産を回避しました。
ただし、この方法は安易に真似するべきではありません。会社が返済できなければ、個人で借りたお金は個人に残ります。
会社が倒産しても、個人の借入は消えません。返済が遅れれば信用情報にも影響しますし、役員個人の生活にも大きな負担が残ります。
今回の会社は、役員同士に特殊な関係性があったから成立しただけで、普通の会社で同じことをやろうとすれば、反発されてもおかしくありません。
この事例から学ぶべきことは、「個人で借りて会社に貸せばいい」という話ではありません。本当に大事なのは、資金ショートが迫った時に、最後まで数字を見て、使える選択肢を探すことです。
資金繰りが厳しい時は、精神的に焦ります。「もう破産しかない」と考えてしまうのも無理はありません。
それでも、あといくら足りないのか、何を優先して払うべきか、どこに相談できるのかを確認すれば、残された選択肢が見えてくることがあります。
資金ショートが迫っている場合は、「資金ショートしたら破産しかない?まず確認すべき選択肢を解説」も参考になります。
銀行融資を断られた後の対応については、「銀行融資を断られたら一刻も早くやるべき6つのこと」で解説しています。
会社は、何もしなければ止まります。でも、数字を確認し、使える選択肢を探せば、一度踏みとどまれることもあります。
今回の事例は、そのことを教えてくれる話です。

